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発行 あいおいニッセイ同和損害保険株式会社
編集 DREAMJOB Innovation Lab

『配偶者居住権』に注目

こんにちは。
内山公認会計士事務所の内山でございます。

相続対策のお役に立つ知識を、専門家としての立場から分かりやすく解説させていただきます。

相続法が約40年ぶりに改正となり、改正項目の中でも一番注目を集めているのは『配偶者居住権』ではないかと思います。

『配偶者居住権』は2020年4月1日より施行されましたが、それ以前よりテレビ等のメディアでは「高齢となった配偶者の住まいを守る制度」であるとして特集が組まれていたと記憶しています。
確かに基本的な部分は、「高齢となった配偶者の住まいを守る制度」であることに間違いはありませんが、メリットばかりでもないのです。
そこで今回のコラムでは『配偶者居住権の注意点は何か?』と題して、制度の概要から、注意していただきたい点まで基本的な内容を解説してまいりますので、どうぞ最後までお付き合いよろしくお願いいたします。

配偶者居住権の概要

上表をご覧ください。2,000万円の価値を持つ自宅と、1,500万円の預金を配偶者と子ども二人に遺して亡くなった場合です。子ども二人はすでに独立し、それぞれで家庭を持つか一人暮らしをしていると仮定します。

この例の場合、法定相続分通りに分けると次のような計算となります。
配偶者:遺産総額である3,500万円×1/2=1,750万円
子ども:遺産総額である3,500万円×1/2×1/2=875万円(子ども一人当たり)

計算上は上記のようになりますが、もし配偶者が自宅の権利を相続し住み続けようとした場合、2,000万円の財産を相続するわけですから、自分の持つ権利より250万円多く相続することになってしまいます。

こうなった時に、子どもたちが「私たちはいいからお母さんもらえば」と言ってくれれば何も揉めることはありません。しかし、「自分達にも権利はあるから自宅を売却してお金に変えてよ」と言われてしまったら、長年住み慣れた自宅を売却せざるを得ない場合も法改正以前には存在したのです。

仮に自宅の売却がうまく進み、現金化し子どもたちにそれぞれ125万円ずつの代償金を支払ったとしても、配偶者の住まいは無くなってしまいます。残ったお金で家を買うという選択肢もありますが、あまり現実的ではありません。では家を借りるという選択になりますが、一般的に高齢であればあるほど賃貸住宅の契約はしづらくなってしまいますし、相続でこじれた関係となってしまった子どもたちの家に住むというのも現実的ではありませんね。
といったように、法改正以前に遺された配偶者が新しい住まいを見つけようと思っても難しいという現実が存在していました。

上図のように、ある程度の預金があれば子どもたちも親の住まいまで奪うということはしない可能性も高いですが、親子の関係性やそれぞれの経済状況によりますので、一概に大丈夫とは言えません。

反対に自宅に住み続けることは出来たが、預金が相続できなくなりその後の生活費に困るというケースも存在します。受給している年金額にもよりますが、配偶者が亡くなり、その預金を全く相続できないという状況は生活に支障をきたす可能性が高いと言えるでしょう。

そこで誕生したのが今回解説する『配偶者居住権』という制度となります。

住む権利(居住権)と持っている権利(所有権)に分けて考える

「相続発生前から一緒に住んでいた配偶者は、自宅の権利(所有権)を相続しなくても定められた期間住んでいられる権利」が配偶者居住権となりますので、上図のように遺産分割を行うと、遺された配偶者は自宅に住み続ける権利を手にすることが出来ます。
一方子どもたちは負担付きではありますが自宅の所有権を手にすることが出来ますので、

配偶者:遺産総額である3,500万円×1/2=1,750万円
子ども:遺産総額である3,500万円×1/2×1/2=875万円(子ども一人当たり)

という冒頭解説した法定相続分通りに遺産分割を行うことが可能となるのです。

ここで大切なことは自宅の権利を「住む権利(配偶者居住権)」と「持っている権利(負担付き所有権)」に分けて考えるということです。今回の例では分かりやすく「住む権利(配偶者居住権)」の価値を半分の1,000万円としましたが、実際は「建物敷地の現在価値-負担付き所有権の価値=配偶者居住権の価値」という計算で算出します。不動産の価値計算を含む複雑な計算となりますので、制度利用を検討されている方は税理士や司法書士等の専門家へご相談されることをおススメいたします。

登記と住んでいられる期間

配偶者居住権は文字通り、相続発生時点でその自宅に住んでいた配偶者にだけ認められる権利であり、権利の登記が必要になります。登記を行いますので、途中で反故にされるといったことはありません。
反対に登記を行わないと配偶者居住権の効力を発揮することは出来ませんので、新しい所有者(先ほどの例の場合子どもたち)が勝手に売却することも出来てしまいますので、配偶者居住権を利用する場合は必ず登記を行いましょう。

住んでいられる期間は基本的に「終身」となります。ただし、遺産の分割の協議若しくは遺言に別段の定めがあるとき、または家庭裁判所が遺産の分割の審判において別段の定めがある場合は「任意に定めた期間」となりますが、一般的な場合、遺された配偶者は一生住まいの心配をすることなく自宅に住み続けることが可能です。

配偶者居住権の注意点

一見、遺された配偶者を守るために完璧な制度だと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、先に述べた通りメリットだけではありません。

既に解説している点で考えられるデメリットとして、不動産価値の計算と登記の必要性が存在しますが、これらに関しては自分で行わずとも専門家の手を借りれば解決することは可能です。もっとも、専門家への報酬も発生しますので完全に無料で出来るわけではありませんが、大きなデメリットとまでは言えませんね。

では、大きなデメリットとは何でしょうか?私の考える大きなデメリットは次の通りです。

譲渡も売却も出来ない

先ほどの例を再び見て行きましょう。
遺された配偶者は自宅に住み続けることが出来るようになり、子どもたちも一定の預金を相続し、自宅の所有権を負担付きではありますが手に入れました。

時が経ち、もし遺された配偶者が施設に入居することになった場合、そこで発生するお金はどのように工面したらよいでしょうか? 今回の例では遺された配偶者にある程度の預金がありますので、工面できる可能性は高いと言えますが、預金が少ない場合や、すでに使ってしまっていた場合などは子どもたちに頼らざるを得ません。

しかし、子どもたちにも余裕がない場合は、自宅を売却するもしくは担保に入れてお金を借りるという選択肢になってきます。

売却するケースから考えて行きましょう。
配偶者「居住権」ですので、住んでいる配偶者が家を売却することは出来ません。負担付き所有者である子どもたちが売却することは可能ですが、配偶者居住権が設定された家ですので、第三者が住むことは出来ません。
買っても住めない家を買う人はいないでしょうから配偶者居住権を設定した場合、その建物を売却するというのは現実的に不可能だと考えます。

次にお金を借りようとした場合です。
これも売却と同様に、買っても住めない家の担保価値は低く設定されることが一般的です。そもそも借入自体難しい可能性も十分に考えられますし、仮にどこかの金融機関が融資してくれたとしても金利は高い物であることは容易に想像できます。

では、配偶者居住権という権利を誰かに売却することで上記問題が解決できるのでは? と思った方もいらっしゃるかもしれませんが、この権利は配偶者にだけ認められた特別な権利であるため、価値はあるものですが人に売却することはできません。

配偶者居住権を消滅させるには?

設定してしまうと自宅の売却や担保にした借り入れが難しくなってしまう配偶者居住権ですが、一度設定した権利そのものを消滅させることは可能です。ただし、居住権者(住んでいる人)・所有者(今回の例だと子どもたち)の合意が必要です。

「合意」ということは十分な判断能力が必要になりますので、もし認知症等により居住権者に判断能力が無ければ、そもそも配偶者居住権を消滅させることは不可能です。

両者の合意以外にも消滅させることのできる条件はありますが、居住者である遺された配偶者がめちゃくちゃな使い方をして家をボロボロにしてしまった場合など、あまり一般的なケースとは言えません。また、期間を定めて配偶者居住権を設定したとしても更新も延長も出来ません。

贈与税の対象になる可能性も

仮に両者の合意により配偶者居住権を消滅させたとします。
今回の例を元に解説すると、設定当初1,000万円という価値のある配偶者居住権を母と子どもたちの合意によって消滅させることになります。
先ほども述べたように、配偶者居住権にも価値はありますので、両者の合意によって消滅させる場合母から子どもたちへの贈与とみなされ「贈与税」が発生してしまう可能性もあります。
現金がやり取りされたわけでも、贈与契約があったわけでもありませんが、負担付き所有権の「負担」が両者の合意により解除されることになりますので、「贈与があった」(いわゆるみなし贈与)ものとして、子どもたちへ課税される可能性は十分に考えられます。
財産に余裕がなく、将来的な施設入居時のお金を自宅売却に頼ろうと考えている場合は慎重な判断が必要となりますのでご注意いただければと思います。

相続税の節税につながることも…

配偶者居住権の主なデメリットを解説してまいりましたが、当然メリットも存在します。住む権利を登記でき、一定の生活費も相続できるという2点が注目されがちですが、もう一つのメリットとして、配偶者居住権を活用することで相続税の節税に繋がるケースも存在します。もっとも、今回取り上げてきたような一時相続ではなく、二次相続時に節税できる可能性があるというお話です。

簡単に解説すると、配偶者居住権は価値あるものですが相続税は課税されません。したがって、二次相続時に遺された子供たちは自宅の所有権から「負担」が取れることになりますが、それによって課税されることにはならないのです。これが節税できると言われている理由ですが、一時相続時に小規模宅地特例を活用した方が良いケースも存在しますので、いずれのケースでも二次相続まで含めたシミュレーションが必要となります。
「自分の場合はどうなのだろう?」と思われた方はお気軽にご相談ください。

今回のまとめ

本制度はスタートしたばかりであるため、今後どのように活用されていくのかが注目されています。遺された高齢の配偶者の住まいを守るという考えはとても素晴らしく、理念自体は共感できますが、解説させていただいた通りデメリットも多く含む制度であることは事実です。

配偶者居住権を設定する場合もしない場合も、決して安易な判断はせず、専門家へご相談頂き、ご家庭ごとに合ったプランを立てられることを強くおススメいたします。今回のコラムが皆様の参考になれば幸いです。

なお、当記事は一般的なケースを元に解説しておりますので、個別のご相談・ご回答を希望される場合は下記よりお問い合わせください。

今月も最後までお読みいただきありがとうございました。

税理士法人内山会計 公認会計士・税理士 内山典弘

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